佐藤耳no耳

佐藤耳といいます。小さな詩のような物語を不定期で書いてゆきます。また、読めばなんだかすっきり?為になる?「きょうの呪文」もできれば頑張って更新したいな。いずれは小説とかも発表するかも、です。幻想的な文章、少し怪奇成分の混じったものが大好きなんですが、ホンモノのオバケは苦手だよ。写真、イラストはすべてフォトAC様、イラストAC様から。心より感謝しています。また規約に則って使用させていただいています。

砂場心理療法士のえみちゃん

砂場は海。わたしたちは船。ライバルは小学生で、わたしは日々、彼女と死闘を繰りひろげているのです。
だってわたしは、砂場心理療法士だから。夜明け前、ご近所の公園や、幼稚園の砂場にこっそり出かけては、侵入するのが仕事。
そんなわけで朝の砂場はご馳走。砂場の痕跡から、この街にひそむ心理状態や神話をリーディングし、お祓いしたり、清めたりするのです。


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砂場から街の心を占うわたし。砂山の形やトンネルを観賞し、プラスチックの車やじょうろ、指人形のカエルさんを発掘します。
心は深い海にも喩えられ、怪奇なフォルムの古代の鮫、ふしぎな甲羅の蟹、あるいは絶滅したモササウルスが潜んでいたりするので、注意しなきゃ。
砂場は幼子の心をうつす鏡にして、ピュアな子どもの精神の海は街ぜんたいの心とつながる。時には危険、時には甘いのが砂場です。



だけど、この街のもう一人の砂場療法士のえみちゃんは、小学生のくせしていっつもわたしを邪魔し、出しぬくの。彼女は朝一番で砂場を荒らす。
そんな彼女が、虹の入ったピーマンを発掘したという噂が流れ、わたしはちょっとしたパニック。だって闇に輝く虹は、街の心のコアだから。
ほっとくと、えみちゃんがこの街の心を乗っ取って、市長さんよりも偉い支配者になっちゃう。わたしは自転車で彼女を追っかけます。



とうとう追いつめたえみちゃんからピーマンを奪ったわたし。虹を解放すべく、ピーマンの中身をみると?……。
ありゃ、空っぽ。でも、えみちゃんは笑って、こう言うの。これはあなたを引き寄せる罠、そしてわたしの心が入ってる、と。
小学生の彼女はほっぺを赤らめ、はにかみ、瞳をキラキラさせながら、あの、お姉ちゃんとお友だちになりたい、と告白するのでした。

赤いお屋根の小さなお家と、夢みる骨

小さい子どもでしたけど、それでも野ねずみよりは大きかったわたしは、ある夜のこと、こんな夢をみました。
赤い三角のお屋根が特徴的な、とても可愛らしいお家があり、どうかきてください、と、そのお家自身がわたしのこと。招待してくれているのです。
お家に入るとわたしは、幾つかの骨を拾いました。たぶん人間の骨。わたしはそれを「夢みる骨」、とネーミングすることにしました。


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ほどなくして、赤いお屋根のお家の夢はあんまりみなくなったけど、あのお家で拾った骨の夢はよくみるようになりました。
「夢みる骨」は、まるでピーマンのよう。人生の大切な機会にかならず添えられるアクセントとして、わたしを導いてくれるのです。
そう、夢のなかでわたしは、テーブルに骨をひろげ、占いをしていたのです。骨は人生のピンチを、何度だって救ってくれました。



やがて野ねずみよりはだいぶ大きくなったわたしです。そんなわたしも少女から大人に成長し、恋の季節を迎えるようになりました。
きみと出会い、恋に落ち、初めてきみの家に行ったときのこと、わたしはひどく驚いたことを覚えています。
だって、わたしの眼に飛びこんできたのは、あの赤いお屋根の、とても可愛らしい小さなお家でしたから。そして骨だった、きみ。



夢のなかでは、時間は、未来から過去にむかって流れることを、わたし、知りました。魂はあのとき、柘榴みたいに熟していたのね。
これからはふたりが、ほんとうの骨になるその日まで、時には甘く、時には苦いピーマンとして、おたがい、寄り添って生きてゆきましょう。
あの三角の、赤いお屋根がいま、わたしの自慢のお家となりました。かわいらしくも、懐かしい、いとしいお家で。ずっと、ずっと、ね。

雨の水族館と、白いお馬

傘をさしたなら、かならずスカートのポケットにわたし、ニンジンをしのばせて、雨の水族館に出かけてゆきます。
ひんやりブルーの水槽のむこう、視線はおサカナをもスルーし、なぜか、湖と、湖畔にたたずむ白いお馬をみるのです。
雨のしずくが耳のなかで鳴り、それが人のいない水族館の水音と、ひっそり、よくなじむ。そして見つめ合う、お馬とわたし。


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そうです。わたしとお馬は水槽ごしの恋をしていたのです。だけど白い馬は絵本のなかで暮らし、永遠に絵本のなかに閉じこめられていたはず。
ともあれ、そもそもの発端は、わたしが小学生の女の子だった、あの雨の日にまでさかのぼります。誤ってわたし、絵本を川に落としてしまったの。
絵本は濁流に呑まれて、もう二度と逢えない。わたしが恋した白い馬とは、わかれわかれの運命となってしまったのでした。



大人になったわたしが、雨の水族館にやってくるようになったのは、あの雨の日と、まったくおんなじ匂いを水族館で嗅いだから。
雨水に流された絵本のエッセンスは、水にとけ、蒸発し、ふたたび雨となり、この水族館の水となって、お馬として甦ったのでした。
だけど哀しいかな。ニンジンを手にしたわたしときみは、ガラスと水にへだてられ、近寄ってキスすることも許されない。



この日もまた、そんな失意の雨かと思いきや、不思議なアクシデントが起こります。水槽から幽体離脱のおサカナが、雨のなか、泳ぎだす。
雨の街にカラフルなおサカナがあふれだし、みんなは歓声を上げ、追いかける。わたしのお馬はどこ? 傘もささずに走りだすわたし。
雨が上がると、おサカナは消えてなくなりました。でもお馬はわたしを待ってくれていて、やっとプレゼントのニンジンを贈ることができたのです!


とてもとても長い時間がかかった。だけれども、きみに再会できた。もう二度と、サヨナラしないからね。

星の涙と、プラネタリウム

プラネタリウムで眠ったわたしは、死んだお人形。きのうまでは、生きていたというのに。
きみと、サヨナラしてからです。天の川は涙の河となりました。星のひとつぶが濡れて光る涙のしずく。
プラネタリウムもまた、死んだ星の涙でできている。そのことをわたし、きょう初めて知りました。


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死んだ小鳥、死んだ雲、死んだ糸車、死んだ乙女。すべては死んで動かなくなった星座の哀しき名称。
死んだ涙は流れ星にもならなくて、笑うことすらままならず、宇宙の暗がりをさまようわたし。
これからもプラネタリウムのなか、めざめることのない永遠の、人工の夜を泣きじゃくりながら眠るというのでしょうか?



すると、いつしかシートの隣には、むかし、可愛がっていたお人形が坐っていて、わたしに語りかけてくるのです。
ーーおかしいね、ゆみちゃんが死んだお人形になってしまうなんて。わたしは生きているお人形だというのに。
それに、ゆみちゃんはお人形じゃなくて、ニンゲンなんだよ。それも生きている人間。羨ましいな、って。



人間になりたかったお人形に叱られて、星座は命と、まばゆいばかりの光を取り戻しました。さあ、プラネタリウムの夜明けがきたよ。
童心にかえったわたしは、お人形を抱えて外に飛び出します。夏のシャワーを浴び、変なスキップをして照れ笑い。
お人形が生きているかぎり、わたしもまた、生きる。森も、星も、草も、そして涙にかきくれるプラネタリウムでさえも。

グルグルの秘密と火のダンス

意地悪をしてくるポルターガイストが好きだった、と言うと、みんなはとても変な顔をします。
彼女は幽霊。誰かれかまわず憑依をしては、わたしの髪を引っ張ったり、家具を動かしては困らせる。
でも彼女のこと、いとおしい。だって生まれることのなかった、もう一人のわたしなんだもの。きっとわたしたち、そっくりの顔をしているかもね。


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マッチ箱、って知ってるかな? アンデルセンの童話にもでてくる、マッチ箱がお仏壇の前にありました。
いまはマッチなんて使わないから、ホコリをかぶっていたのです。一本、箱から取りだしてマッチをすってみると……。
ゆらめく炎のなか、憎たらし気に笑うあの子が手をふっています。いままで姿は見えなかったのに。けど、火は燃え尽き、少女も消えちゃう。



マッチで火をつけるたび、あらわれる女の子。それはきっと、特別な魔法のマッチ。火は空気を対流させ、炎は渦となり、彼女はグルグル踊っては消える。
火だけじゃなく、雲や、お風呂、ストローでかきまぜるジュース、それにカタツムリにだって渦ができるよね? 渦は生まれては死に、死んではまた生まれるを何度だってリフレイン。
グルグルの生まれてから死ぬまでを、わたし、とっても丁寧な態度で取りあつかうようになりました。すごく厳粛な気分でね。



マッチの火の短い生涯のあいだに何度もグルグル輪廻転生をくりかえすうち、とうとうマッチは最後の一本となりました。
わたしが死ぬ日までそのマッチを大切に保管しておこうと思います。火葬にするときにお願い、最後の一本で火をつけてください。
彼女はこの世にはいないわたしの妹で、しかも双子。わたしにそっくりな顔して、わるだくみに夢中だったけどね。



そうして、あれから時がたち、お葬式の日はやってきます。炎の渦のなか、わたしとあの子はともにダンスを踊り、もう境目がないくらい一緒になって、やがて渦は消えるのです。

アオゾラキカイ

雨が降ってきたというのに恋人は、約束してた楡の樹の下に、きょうもまた、やってきませんでした。
こんもり、傘みたいに緑がひろがる樹の下だったけど、土砂降りになったらわたしはびしょ濡れ。
だからロボットになることに決めました。赤さびた少女のロボットは傘もなく、冷たい瞳で彼を待つのです。

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待ちぼうけの合間に見る夢は、壊れたマシンの夢でした。それも機械のパーツだけが落ちていて少しだけ、動く。
空から素直さが消えてしまった世界。雨ばかりが降るここで、拾った部品はアオゾラキカイの、とても大切なハート。
とうとう素直さがわからなくなったわたしは、涙ばかりをこぼすロボットになってしまいました。


たぶんちょっと前までのわたしなら知っていたはず。アオゾラキカイを動かす素直さの部品の秘密を。
素直さは思いやりと、育むちから。たねから芽吹き、葉っぱをつらぬき、宇宙の闇に花を咲かせる神秘のちから。
青空が動かなくなってしまったのは、何より空から、わたしから素直さが消えてしまったから。


人はだれもが空の一部分なんです。みんなのハートの奇跡の部品が、アオゾラキカイの華やぐ素直さをつくってる。
だから、もうわたしは待つことをやめました。晴れ上がった空の下、素直になってどんどん歩いてゆこう。
そうしてわたしがいなくなった樹の下では、ひとりぼっちになった彼が、つまらなそうに赤さびてゆくのです。

箱のなかの青い蝶々と、秘めやかなわたしの命

わたしのすべてを知りたがるきみへ。どうしても伝えておきたいことがあります。
いまはむかし。一千年前に生きた青い蝶々をおさめた、これもまた古い小さな箱に、わたしが眠っていることを。
この箱の由来については秘密にしておきますね。いまは黙ってわたしのする話に耳を傾けて欲しいのです。


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箱のなかの夜では、まだ一千年前の蝶々が生きていて、青く輝く鱗粉を散らしながら、柔らかく閃いています。
そこは、しっとり、濡れそぼった暗がりで、時間の彼方から、しめやかな雨のひびきまでもが聴こえてくるのです。
そのような豊かな闇から、五蘊の栄養を頂戴し、日々、夢の美しさを呼吸しながら、生きているのがわたしです。


ねぇ。だから少しだけでいい。きみも考えてみてください。もしも、そんな勇気があればの話だけど。
うるわしく濡れた夜や夢、闇に咲く、青い蝶々がゆらり、とぶ、この小さな世界を壊してしまう、そんな勇気があるのなら。
もし、箱を開けてしまったなら一千年の闇は消え、蝶は乾いて蒸発し、わたしも死んでしまうかもしれません。


ですから、お願い。箱のなかを覗かないでください。わたしのすべてを知ろうとはしないでください。
夢のいとおしい闇のなか、ひらり、すべる、雨のしじまとよく馴染む、蝶々が生きてこそのわたしだから。
わたしのことを知らないそのことが、もっと、もっとふたりが、素敵に知り合える秘訣なのだから。