ポケット君と猫のいない午後
夢さんと、バッハに導かれ、ポケット君に会いにゆくところ。ちなみに夢とバッハは揃って黄色い瞳の黒猫です。ポケット君は、人間だけどね。
で、ポケット君にはポケットがいっぱい。ジャケットやズボン、シャツにもポケットが縫い付けてあって、その数は100を超えているんだそう。
びっくりするくらい、たくさんのポケットをつけた男の子がいるから、見学に行こうよ、という、猫たちの誘いに乗って出かける日曜日の朝でした。
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日曜日の朝は、愉しすぎてスキップしたくなる。隣町にすむポケット君の家までは電車だけど、スキップしながら駆け出したくなる気分です。
夢さんが言うには、ポケット君のポケットにはいろんなものが入っているんだとか。ビスケットはもちろん、キャラメルやビー玉なんて序の口。
陽射しをキラキラこぼす街路樹や、真夏の涼しい図書館なんかも入るし、隣町だってポケットにはすっぽり収まっちゃうぐらい大きいのです。
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そんなポケットをもってるポケット君だというのに彼ったら、わたしたちを一瞥するなり、「あ、泥棒がきたよ!」と叫ぶんです。失礼しちゃうわ。
はては月、惑星や恒星、それに星雲、ひょっとしたら宇宙が入るポケットです。彼はすべてを持っているがゆえに、何一つ失いたくないのです。
けちけちしないでポケットのなか、みせてよ、と追っかけるわたし、そして夢とバッハ。やっと彼を赤煉瓦の壁の袋小路へと追い込んだのです。
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黒猫のバッハがポケット君にとびかかり、その隙に夢がポケットに入り込む。ぎゃあ、と声を上げ、彼は猫の入ったポケットを裏返します。
でも、猫たちは見つからない。ポケット君はすべてのポケットを裏返したばかりか、彼自身も裏返してしまい、とうとう消滅してしまいました。
ポケット君はいなくなってしまったけど、彼と猫のいたあたりには真夏の日曜日の朝を思い出す、爽やかな宇宙が風となって吹いていたのでした。