雨の水族館と、白いお馬
傘をさしたなら、かならずスカートのポケットにわたし、ニンジンをしのばせて、雨の水族館に出かけてゆきます。
ひんやりブルーの水槽のむこう、視線はおサカナをもスルーし、なぜか、湖と、湖畔にたたずむ白いお馬をみるのです。
雨のしずくが耳のなかで鳴り、それが人のいない水族館の水音と、ひっそり、よくなじむ。そして見つめ合う、お馬とわたし。
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そうです。わたしとお馬は水槽ごしの恋をしていたのです。だけど白い馬は絵本のなかで暮らし、永遠に絵本のなかに閉じこめられていたはず。
ともあれ、そもそもの発端は、わたしが小学生の女の子だった、あの雨の日にまでさかのぼります。誤ってわたし、絵本を川に落としてしまったの。
絵本は濁流に呑まれて、もう二度と逢えない。わたしが恋した白い馬とは、わかれわかれの運命となってしまったのでした。
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大人になったわたしが、雨の水族館にやってくるようになったのは、あの雨の日と、まったくおんなじ匂いを水族館で嗅いだから。
雨水に流された絵本のエッセンスは、水にとけ、蒸発し、ふたたび雨となり、この水族館の水となって、お馬として甦ったのでした。
だけど哀しいかな。ニンジンを手にしたわたしときみは、ガラスと水にへだてられ、近寄ってキスすることも許されない。
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この日もまた、そんな失意の雨かと思いきや、不思議なアクシデントが起こります。水槽から幽体離脱のおサカナが、雨のなか、泳ぎだす。
雨の街にカラフルなおサカナがあふれだし、みんなは歓声を上げ、追いかける。わたしのお馬はどこ? 傘もささずに走りだすわたし。
雨が上がると、おサカナは消えてなくなりました。でもお馬はわたしを待ってくれていて、やっとプレゼントのニンジンを贈ることができたのです!
とてもとても長い時間がかかった。だけれども、きみに再会できた。もう二度と、サヨナラしないからね。