ダリヤの花と口笛
そもそもの発端は、わたし自身に手紙を書いてみたいという願いからはじまったことでした。
なぜならいまのわたしは、本来のわたしから少しずれた位相にいて、わたしはわたしではなかったからです。
夏の白い、ふうわり風に吹かれる芙蓉の花をいとおしんでも、それがわたしの感情とはかぎらない。ですから、わたしはわたしを、知りたいのです。
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手紙を書きます。わたしに宛てて。郵便では届かないから小鳥や、草木の精霊に託します。時に煮干で買収した、茶虎の猫に預けたりもします。
星さながらに輝くアメジストがわたしの心臓の石。でも、これは他の人の石。生まれてすぐに手違いで心臓が、どなたかと入れ替わったみたいです。
だからわたしの石、オパールの心臓の石をもっているだれかにむかって、この手紙を書くのです。あなたの心臓のオパールと交換しませんか、と。
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隣の家にすむ女の子は、男の子のよう。カモメと海のワンピースを着て、いっつも庭で虫取りの網をふりまわし、暴れているのです。
本が好きなわたしは、隣の子が苦手。なのにある日のこと、オレンジ色のダリヤの花を手にして、こういうのです。ーー手紙、ありがとう、って。
日に焼けて顔は真っ黒、健康そうな白い歯と笑顔がまぶしい。だけど、わたしは認めたくなかった。逃げるわたし。こんな子、わたしじゃない。
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夏の終わりにダリヤの子は転校しました。あの子の心臓であるアメジストが港町の風情をつたえてくれるから、引っ越した先がわかるのです。
わたしはようやっとですが、ほかの人にも哀しみがあることを認めました。そして彼女のダリヤの花が、アンテナであり、受信機であることも。
わたしは再び手紙を書きはじめます。そして口笛も吹きます。惑星の風にのり、じかにダリヤの花に届く口笛を、熱心に聴いてくれると信じて。