歩道橋の蜃気楼。そしてトマトとオレンジ。
トマトとオレンジ、どっちが好き?と訊かれても、わからないし、わたしには選ぶことはできません。
トマトっぽい子と、オレンジっぽい子がいて、ふたりとは親友なんだけど、いっつもあの子たち、喧嘩をするの。
でもオレンジの子は死んで、トマトの子は長いながい旅に出ました。もうふたりには会えないはず、と思っていたのに。
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よく晴れた、風の強い日でした。きつい風のなかに、まばゆいばかりの光が、ゆれ、見上げる空に蜃気楼が浮かんでいました。
足のない幽霊みたいに、橋脚のない歩道橋が空中を浮遊し、そこになぜかトマトとオレンジ、ふたりの娘がいるのです。
あの子たち、すっかり仲良しになって、青空の遠くの歩道橋から手をふっている。わたしも手をふりながら、涙がこぼれます。
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トマトはフルーツになれないし、オレンジは野菜になれない。たしかそんなことが喧嘩の原因で、とうとうふたりは絶交しました。
でもね、結局、わたしだけ仲間外れ。だってわたしはフルーツであり、野菜でもあったから。喧嘩しなかったけど、ふたりはわたしを憎んでた。
待って!と、歩道橋を追いかけるわたし。置いてゆかないで、と寂しさのあまり、空をさまよう蜃気楼にむかって走りだすわたし。
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走っても走っても歩道橋には追いつけない。光をはらんだ風に気持ちよさそうに眼をほそめ、さよなら、と手をふるふたり。
ふたりにないものを所有し、天国にいることが必ずしも幸せであるとはかぎらない。歩道橋の蜃気楼は風に吹かれ、消えました。
懐かしくも切ない気持ちに傷つきながら、土に縛られ、ここに生きるわたし。歩道橋のない空で、それでいいのかも、と囀る小鳥たち。