佐藤耳no耳

佐藤耳といいます。小さな詩のような物語を不定期で書いてゆきます。また、読めばなんだかすっきり?為になる?「きょうの呪文」もできれば頑張って更新したいな。いずれは小説とかも発表するかも、です。幻想的な文章、少し怪奇成分の混じったものが大好きなんですが、ホンモノのオバケは苦手だよ。写真、イラストはすべてフォトAC様、イラストAC様から。心より感謝しています。また規約に則って使用させていただいています。

魔法の笛と少女

ーー魔笛モーツァルトのオペラにでてくる魔法の笛のことですが、笛には人の心を惑わせる、妖しくも不可思議な力が隠されています。
ハーメルンの笛吹きダンディだって、そうです。ふらりとやってきた笛吹きダンディの奏でる調べに誘われ、多くの子どもが攫われていきました。
思わず笛の音を耳にすると踊りだす。わたし、こうも思うのです。もしかしたらハーメルンのダンディもじつは魔法の笛に操られていたのかも、と。


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夢のお告げとしてアマガエルがいうことには、紫陽花の根もとを掘ってごらん、と。スコップで黒い土を掘り返してみると……。
土からあらわれたのは、はじめ人の骨と思い、のけぞります。いいえ、ソプラノリコーダー。古いけど、プラスチックの笛を発掘しちゃいました。
この家はお父さんの会社の社宅で、前に住んでいた病気がちのお嬢さんが、色んなガラクタを庭に埋めていたのです。リコーダーもその一つでした。



丹念に水道で洗い、笛のなかにつまった土を流します。乾いた布で水をふき取ると、よく使いこまれた、古いリコーダーがあられました。
さっそくこわごわ音を鳴らし、そのあと『村の鍛冶屋』を吹きはじめます。なんだか指使いもなめらかに、どんどん楽しくなってきちゃう。
ついには知らないメロディまで飛びだして陽気さがとまらない。怖いと思っても止められず、わたしは愉快な笛の奴隷となってしまいました。



笛に操られ、家から踊りながら外出するわたし。猫と一緒に塀の上を笛を吹きながら歩き、屋根に苦もなく、上がったり、笛の威力って凄すぎる。
気がつけば電車の鉄橋を越え、肩にさえずる小鳥を止まらせて歩きます。たどり着いたのは夕日に赤く染まる砂浜で、待っていたのは女の子。
笛は魔法の国につれてってくれるけど、あなたはだめ。そういうと女の子は、笛に憑依していた少女の幽霊と手をつなぎ、海へと消えてゆきました。

チョコレート・カッシーニ

バレンタインデーに告白の手紙と一緒にチョコをもらった笹山くんですが、途方に暮れています。勿論嬉しかった。だって初めての告白だったもの。
百合子さんは可愛いというより優雅で可憐な女の子。そんな子からチョコを贈られたわけで、舞い上がってもよさそうなのに笹山くんは悩みます。
彼女はメランコリアに取り憑かれた少女だから。憂鬱そうな顔をして教室でもひとり、お喋りしない。口からは、ため息ばかりが漏れるのです。


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勇気をふるい、教室で話しかけても黙っている。一緒に帰ろうと、校門の前で待っていても無視される。好きです、と手紙までもらったというのに。
めげる心と恋の甘さがミックスする感傷的な笹山くんは、冬の夜空を見上げながら帰途につきます。すると彼の眼に、土星が飛び込んでくるのです。
占星術でいう、胆汁質の憂鬱な惑星。肉眼では視覚できないシリウスの伴星がドゴン族の人にわかるように、彼には土星のリングかみえるのです。



もしかしたら、と思い、大事に鞄にしまっていた箱を取りだし、リボンをほどきます。すると中からあらわれたのは、土星を象ったチョコでした。
手作りのチョコだったからテンションは上がります。暗い気分だったのに、宇宙だって飛べる気になってきます。そして彼は旅に出る。宇宙の旅に。
イマジネーションと現実のシンクロ。彼はチョコでできた探査機、カッシーニとなり、これまた、とりわけビターなチョコの土星へと赴くのです。



怒りっぽく、憂鬱な少女は土星の星のもとに生まれました。ですが、カッシーニ土星に接近するにつれ、ラムのお酒の豊かな香りに気が付きます。
土星はまた、農耕の神。収穫の時を待ちます。カッシーニは調査する。百合子さんは、土星の中でお酒が発酵し、成熟するのを待っているのだ、と。
夢から覚めた少年はチョコを口に入れました。ラム酒の苦さと熱がひろがり、しばし酩酊を愉しむ彼。そして少年は、新たなる夢にめざめるのです。

ポケット君と猫のいない午後

夢さんと、バッハに導かれ、ポケット君に会いにゆくところ。ちなみに夢とバッハは揃って黄色い瞳の黒猫です。ポケット君は、人間だけどね。
で、ポケット君にはポケットがいっぱい。ジャケットやズボン、シャツにもポケットが縫い付けてあって、その数は100を超えているんだそう。
びっくりするくらい、たくさんのポケットをつけた男の子がいるから、見学に行こうよ、という、猫たちの誘いに乗って出かける日曜日の朝でした。


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日曜日の朝は、愉しすぎてスキップしたくなる。隣町にすむポケット君の家までは電車だけど、スキップしながら駆け出したくなる気分です。
夢さんが言うには、ポケット君のポケットにはいろんなものが入っているんだとか。ビスケットはもちろん、キャラメルやビー玉なんて序の口。
陽射しをキラキラこぼす街路樹や、真夏の涼しい図書館なんかも入るし、隣町だってポケットにはすっぽり収まっちゃうぐらい大きいのです。



そんなポケットをもってるポケット君だというのに彼ったら、わたしたちを一瞥するなり、「あ、泥棒がきたよ!」と叫ぶんです。失礼しちゃうわ。
はては月、惑星や恒星、それに星雲、ひょっとしたら宇宙が入るポケットです。彼はすべてを持っているがゆえに、何一つ失いたくないのです。
けちけちしないでポケットのなか、みせてよ、と追っかけるわたし、そして夢とバッハ。やっと彼を赤煉瓦の壁の袋小路へと追い込んだのです。



黒猫のバッハがポケット君にとびかかり、その隙に夢がポケットに入り込む。ぎゃあ、と声を上げ、彼は猫の入ったポケットを裏返します。
でも、猫たちは見つからない。ポケット君はすべてのポケットを裏返したばかりか、彼自身も裏返してしまい、とうとう消滅してしまいました。
ポケット君はいなくなってしまったけど、彼と猫のいたあたりには真夏の日曜日の朝を思い出す、爽やかな宇宙が風となって吹いていたのでした。

小惑星と女の子

ひとりぼっちでもないし、お友だちがいないわけじゃない。でもミキちゃんは、いっつも教室のソトばっかり、みてる女の子なのです。
彼女がもっか、観測中なのは、空をすかし、成層圏をすかし、熟してない林檎より、もっと青い宇宙の渚よりも遠い、冷たい宇宙。
だってミキちゃんの視力はすごい。小惑星探査機『はやぶさ』の軌道を裸眼で、しかも昼間っから追尾できるくらいパワフルなんだもの。


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めざすは『りゅうぐう』という名の小惑星。ミキちゃん、いわく。探査機はさしずめリュウグウノツカイ。銀にきらめく宇宙の深海魚みたいだね。
なんで宇宙に浮かぶ、無価値な小惑星に行くのか、謎だったけど、彼女はこんなふうに語ります。リュウグウノツカイは臍の緒なんだよ。
そして、臍の緒で地球と『りゅうぐう』をつなぐのが目的なの。そうすることによってわたしたちの意識がひろがり、ふかくなるの、って。



ミキちゃんは、だから不思議な子ども。宇宙と蟻がいっしょの存在だとわかってて、蟻や砂のひとつぶに宇宙が息づくのをみてる娘なのです。
瞳はあまりに深すぎるところをさぐっていて、わたしのことなんか、すどおりして気がつかない。すきとおりすぎていてわたしのことが入らない。
涙ぐんで呼びかけても、ただ、しずかに微笑んでいるばかり。ミキちゃんのいる宇宙はひろいけど、やっぱり冷たく凍った宇宙なのでしょうか?



いいえ、わたしはそうは思いません。だったらわたしもミキちゃんのいる竜宮城をめざし、銀のリュウグウノツカイを放ちましょう。
ほら、ミキちゃんのなかで小惑星がみつかる。小さな石ころだらけの惑星の上、ミキちゃんが笑いながら、「おおい」と手をふっている。
あなたの旅の目的はなあに?と問われたらわたし、こう答えます。ミキちゃんと出会う旅がたのしくて、そしていまも深々と旅の途中なのです、と。

檸檬(レモン)太郎が誕生します

お伽噺のキャラクターを演じてみたい、そんなふうに思うことがわたしにはあります。たとえばの話、一寸法師になり切るって、どんな気分かな?
長いこと昔話として語り継がれてきたキャラには、とんでもない力が秘められていたり、ふだんは感覚しない、奇想天外な視点を持ってるものです。
だからわたしも、ちっちゃくなって、お碗の舟にのり、川を旅することにしました。わたしの一寸法師アドベンチャーのはじまり、はじまりっ!


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わたしは女の子だけど、一度でいいから一寸法師になってみたかったのです。ちっちゃくなれば、川鳥や、野ねずみ、虫たちとお話しできるもの。
波にゆられ、川を下っていると、眼に水のエッセンスがしみてきて銀色の風景が、虹のしずくとともに、おだやかにきらきら、流れます。
カエルが舟のそばを横切ったり、お箸の櫂の上にトンボが止まったり、夏草のなびく水辺でキツネの子が黒いお鼻を寄せてきたりもするのです。



葡萄が流れてきたので、舟に拾い上げました。すきとおった緑はよく発酵し、甘いお酒となった果汁をわたしがごくごく、呑んでいるときのこと。
薄ぼんやりとした影が舟を襲ってきます。お碗はぐらぐら、ゆれて今にも転覆しそう。はて、何がやってきたのかな? お碗にしがみつく、わたし。
見れば、それはツバメの子でした。しかも卵から孵ってすぐ死んでしまったから、生まれたことも自覚できなかった、憐れな子どもなのでした。



ツバメの子は、幽霊の鳥です。幽霊はふんわり川面のすぐ上を漂い、訴えます。もっと夏を思うさま、力いっぱい、生きてみたかったのに!、って。
ちょうどうまい具合に檸檬が流れてきたので、わたし、言いました。なら、ふたりで檸檬のなかに入って眠ろうよ。そして誰かが拾うのを待つの。
そうです、桃太郎ならぬ、檸檬太郎なのです。こうして新しい昔話は、ツバメの子とわたしが一つになり、檸檬太郎誕生からリスタートするのです。

檸檬太郎、って、ちょっと酸っぱい感じのする、幸せの予感がたっぷり、お伽噺のニューヒロインなのかもね。

ダリヤの花と口笛

そもそもの発端は、わたし自身に手紙を書いてみたいという願いからはじまったことでした。
なぜならいまのわたしは、本来のわたしから少しずれた位相にいて、わたしはわたしではなかったからです。
夏の白い、ふうわり風に吹かれる芙蓉の花をいとおしんでも、それがわたしの感情とはかぎらない。ですから、わたしはわたしを、知りたいのです。


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手紙を書きます。わたしに宛てて。郵便では届かないから小鳥や、草木の精霊に託します。時に煮干で買収した、茶虎の猫に預けたりもします。
星さながらに輝くアメジストがわたしの心臓の石。でも、これは他の人の石。生まれてすぐに手違いで心臓が、どなたかと入れ替わったみたいです。
だからわたしの石、オパールの心臓の石をもっているだれかにむかって、この手紙を書くのです。あなたの心臓のオパールと交換しませんか、と。



隣の家にすむ女の子は、男の子のよう。カモメと海のワンピースを着て、いっつも庭で虫取りの網をふりまわし、暴れているのです。
本が好きなわたしは、隣の子が苦手。なのにある日のこと、オレンジ色のダリヤの花を手にして、こういうのです。ーー手紙、ありがとう、って。
日に焼けて顔は真っ黒、健康そうな白い歯と笑顔がまぶしい。だけど、わたしは認めたくなかった。逃げるわたし。こんな子、わたしじゃない。



夏の終わりにダリヤの子は転校しました。あの子の心臓であるアメジストが港町の風情をつたえてくれるから、引っ越した先がわかるのです。
わたしはようやっとですが、ほかの人にも哀しみがあることを認めました。そして彼女のダリヤの花が、アンテナであり、受信機であることも。
わたしは再び手紙を書きはじめます。そして口笛も吹きます。惑星の風にのり、じかにダリヤの花に届く口笛を、熱心に聴いてくれると信じて。

夏の朝、宇宙卵を産む少年

君は男の子だっていうのに、いろんなものの卵を産んでは育てたい、と思う、まったくお母さんみたいな少年なんだね。
キラキラひかる緑の石や、かわいい動物のシールを集めたり、クッキーとかを焼く君が、いちばん愛してる色鉛筆はやっぱりピンク。
わたしなんかより、とっても女の子らしいところが満載だけど、君のなかにすむ「お母さん」が愛情たっぷり、卵を産むんだね。


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朝はやい時間。草色のすきとおった、きれいな風のなかで君は、草の宇宙の卵をうむ。それがそもそもの草のオリジン。草のはじまり。
かと思えば、君は、おサカナの卵だってうんじゃう男の子なんだ。水にしたしむ骨格のたしかさがうまれ、鱗のなめらかさが泳ぎだす。
そんな君をみてるのがわたし、ちょっと悔しくて、君がうんだ卵を盗むのです。ばーか。君はさぞかし困るだろうね。ふふふ。



でも、困ったのはわたし。馬鹿なのはわたしでした。じっさい、卵はありとあらゆるものの卵だったから、とんでもないことが起こったのです。
夜のひそやかな卵を、あるいは昼間の光の卵を、それから太陽の卵を、言葉や夢、愛や思いやりの卵さえ盗んで、わたし、捨ててしまったの。
わたしのいるところは闇さえもない、まったくのゼロとなり、やがてわたしすらあったのか、なかったのか、もう思い出すことすらできなくて。



ああ、もうすべてが消えてしまうんだ、と思ったときです。君はちっとも怒ったりせず、まず爽やかな夏の朝の記憶をよみがえらせました。
君は、まったくお母さんみたいに優しく、こんどは宇宙そのものの卵をうみ落とし、そしてわたしはふたたび、新しい宇宙で産声を上げたのです。
夏の朝の青々とした空の下、まだ夜は明けきらない薄闇のなか。ひかる星の卵を、君は産みだし、わたしは寄り添いながらお手伝いをするのです。